研究成果紹介


プリオン


はじめに
正常型プリオン蛋白質の機能解析
プリオン病のメカニズム
プリオン研究において最近明らかになりつつある点
血液製剤のプリオンに対する安全性評価


はじめに

プリオン病は蛋白質性の感染因子によって引き起こされる神経変性疾患で、プリオンとはこの蛋白質性の感染病原体であり、病原体を構成する主要成分は異常型プリオン蛋白質と呼ばれている。近年、ウシ海綿状脳症(BSE)がパニックを引き起こすほどの社会問題となり、「プリオンとはなんだかよく分からない危険なもの」という印象が広がっている。しかし、プリオン蛋白質自体はヒトや動物の様々な細胞に広く発現している、ごくありきたりな蛋白質で、感染型ではないプリオン蛋白質(正常型プリオン蛋白質)には感染性も病原性もない。日本では、最近になって社会的にもよく知られるようになったプリオン病であるが、感染症としての研究の歴史は古く、ヒツジのプリオン病であるスクレイピーが感染性疾患であるという報告は1936年にまで遡る。長い間ウイルス性の疾患であると考えられてきたが、1982年にPrusinerが蛋白質性感染粒子(プリオン)説を発表し、ウイルスでも細菌でもない、新しい分野の感染症として、現在も盛んに研究されている。


正常型プリオン蛋白質の機能解析

マウス各組織におけるプリオン蛋白質(PrP)遺伝子mRNA量を感度の高いRT-PCR法により測定してみると、脳で発現が最も高く、次いで精巣、胎盤、心臓、肺において中程度の発現がみられ、脾臓、腎臓および肝臓ではわずかに発現がみられる。これらの結果から、組織により量の大小はあるものの、ほとんどの組織においてPrPは重要な役割を果たしていることが推測される。

通常、蛋白質の機能を解析する手段として、一番初めにとられる方法が、遺伝子ノックアウト法である。PrP遺伝子についても世界で6系統のPrP遺伝子ノックアウトマウスが作成されており、サーカディアンリズムや長期増強の異常などが報告されているが、一致した見解が得られていない。そこで、PrP機能を探るために、本研究室では、東京大学大学院農学生命科学研究科 応用免疫学教室 小野寺節教授との共同研究でPrP遺伝子ノックアウトマウスから作成された神経細胞株(HpL)を用い、PrP遺伝子存在下と非存在下での違いについて詳細に解析をしている。酸化ストレスを誘導する血清除去という操作を行うと、HpLはアポトーシスによる細胞死を起こすが、PrP遺伝子を再発現することにより、その細胞死は防ぐことができた。さらに、哺乳動物のPrPにおける保存領域であるオクタリピート領域や疎水性領域を欠損したPrPを用いた場合、細胞死が抑制できないことが明らかになった。これらの細胞において、細胞死と細胞内酸化ストレス消去活性の逆相関が見られたため(図1)、PrP発現はオクタリピート領域や疎水性領域を介して、細胞内酸化ストレス消去能を上昇させることで、細胞死抑制には働くと考えられる。おそらく、PrPはストレス条件下などの特別な条件でのみ、役割を果たす蛋白質なのではないかと考えている。

図1.プリオン遺伝子欠損神経細胞へ空ベクター(EM)、もしくは野生型PrP(PrP)、オクターリピート領域欠損PrP(Δ#1)、疎水性領域N末端側欠損PrP(Δ#2)、疎水性領域C末端側欠損PrP(Δ#3)を発現しているベクターを導入した。これらの細胞の血清除去時のアポト−シス量と細胞内SOD活性の測定を行った。その結果、アポトーシス量と細胞内SOD活性には逆相関があることが明らかとなった。



プリオン病のメカニズム

プリオン病は、自分自身の細胞に発現しているプリオン蛋白質が立体構造変化を起こし、プロテアーゼ難分解性の変性蛋白質(異常型プリオン蛋白質)が脳内に蓄積することにより(図2)、痴呆などの神経症状を引き起こし、死に至る疾患である。アルツハイマー病などと同じアミロイド病の一種であるが、変性した蛋白質(異常型プリオン蛋白質)が感染性を持ち、他の個体へと疾患の伝達が可能であることが、通常のアミロイド病と異なっている。プリオン病と呼ばれるものの多くは感染性の疾患であるが、遺伝子変異による遺伝性のものも存在する。また、ヒトで最も多いプリオン病である弧発性CJD(Creutzfeldt-Jacob Disease)は発症原因が不明である。一般に、プリオン病は種を越えた伝播はしにくいものであるが、BSEは低い確率でヒトにも伝達し、変異型CJDを引き起こすと考えられている。なお、最も発症例が多いスクレイピーは疫学調査からヒトには感染しないと考えられている。感染性のプリオン病を総称して伝達性海綿状脳症(TSE)と呼ぶが、プリオン病すべてが感染性というわけではなく、遺伝性のものは一般に感染性が低いことが知られている。

図2.正常型プリオン蛋白質は、異常型プリオン蛋白質に接触することにより異常化し、これが繰り返されることにより、神経細胞を破壊するほどの異常型プリオン蛋白質の沈着が起こる。

 感染性プリオン病が通常の感染症と大きく異なる点は、感染が細菌やウイルスなどの遺伝子(核酸)をもった生物により引き起こされるのではないという点である。プリオン病の感染因子(プリオン)は、一般的な滅菌(殺菌)操作では感染性を完全には失わない(表1)。一方、蛋白質の高次構造を完全に破壊する処理はプリオンの感染性を不活化することが出来る(表2)。

表1 プリオンの不活化に無効な処理

121℃、20分

紫外線照射

γ線照射

20% ホルマリン

70% エタノール

0.2% βプロピオラクトン

0.25N 水酸化ナトリウム

1N 塩酸

3% SDS

核酸分解酵素処理

蛋白質分解酵素処理

亜鉛イオン存在下での水解処理

 0.5M ヒドロキシルアミン

表2 プリオンの不活化に有効な処理


焼却

134℃、1時間

3% SDS、100℃、10分

7M 塩酸グアニジン、室温、2時間

3M グアニジンチオシアネート、室温、2時間

3M トリクロロ酢酸、室温、2時間

60% ギ酸、室温、2時間

50% フェノール、室温、2時間

1% 次亜塩素酸Na、室温、2時間
 1N NaOH、室温、1時間

現在のところプリオン病の感染性は、特殊な高次構造に変性した異常型プリオン蛋白質(PrPSc)が、正常な構造の正常型プリオン蛋白質(PrPc)をPrPScに変性させ、反応が連鎖的に進むことで成立すると考えられている。また、PrPScが極めて安定な構造を持ち、蛋白質分解酵素耐性(図3)であるために、細胞内外で分解されずに蓄積し、細胞死を引き起こすと考えられており、同様の理由で、経口摂取や医学的処置に置いて不活化されずに感染が広がると考えられている。

図3.正常型プリオン蛋白質はproteinase Kという蛋白分解酵素処理すると小さなペプチドにまで分解されるが、異常型プリオン蛋白質が含まれていると、この分酵素処理によって一部分解されずに残る。そこで、このような処理を行った後にELISAによる検査を行うと異常型が含まれていた場合にのみ陽性反応が見られる。また、確認検査としてウェスタンブロット法による検査を行うと、蛋白分解処理後にも若干分子量の低下したプリオン蛋白質の複数のバンドが認められる。

プリオン研究において最近明らかになりつつある点

プリオンとプリオン蛋白質については、多くの研究者が様々なアプローチで研究を行っており、以下のような点が最近明らかになりつつある。

最近PMCA(protein misfolding cyclic amplification)と呼ばれる方法が開発された。この方法により、少量の異常型プリオン蛋白質をSeed(種)として、正常型プリオン蛋白質存在下で超音波破砕とインキュベーションを繰り返すことで、蛋白質分解酵素抵抗性のプリオン蛋白質を増幅することができるようになった。現在のところ、ハムスター、マウス、シカ、及びヒトのプリオンについて増幅が可能であることが報告されている。この作出された蛋白質分解酵素抵抗性プリオン蛋白質は動物に接種すると、用量依存的にプリオン病を発症させることができると報告されている。さらに、プリオン病を発症する前の動物の血液からPMCAを用いて、蛋白質分解酵素抵抗性のプリオン蛋白質を増幅して検出することもできるとされており、生前診断法としての有用性も期待されている。しかし、この増幅された蛋白質分解酵素抵抗性のプリオン蛋白質とプリオン感染動物から得られる異常型プリオン蛋白質の相違については、今後詳細に解析されなければならない。

PMCAを用いて、正常型から感染型への変換に関与する因子が報告されつつある。マンガンやカルボキシル酸、界面活性剤、ヘパラン硫酸、遊離スルフィドリル基などが正常型から異常型に変換を促進することが報告されている。今後もこのシステムを用いて変換機構が明らかになっていくであろう。また、細胞レベルおよび個体レベルでこれらの因子の関与を確認されることで、治療法開発につながる知見も得られてくるものと思われる。

正常型プリオン蛋白質の生理的機能が明らかになりつつある。ノックアウトマウスを用いた解析には限界があり、一方で細胞レベルでの解析が進んでいる。その例として、本研究室で用いているPrP遺伝子ノックアウト神経細胞株が挙げられる。その解析から、正常型プリオン蛋白質は細胞内銅量の維持作用があり、抗酸化ストレス制御能を持つことが明らかとなった。この細胞レベルの解析から、正常型プリオン蛋白質は、酸化ストレス発生時など緊急時に機能を果たす蛋白質であるということが推測される。プリオン蛋白質は組織や細胞によって異なる修飾を受けることが知られており、今後は、細胞レベルで明らかとなった知見が、個体レベルの解析へと利用され、生体内での正常型プリオン蛋白質の存在意義について明らかになっていくものと考えられる。

プリオン蛋白質の分解機構は不明である。異常型プリオン蛋白質は蛋白質分解酵素による分解に対して耐性を示すため感染細胞内に蓄積するが、まったく分解されない訳ではなく、半減期24時間程度で分解される。プリオン持続感染培養細胞株を用いた研究から、抗体などを用いてプリオン蛋白質の異常型への変換を阻害すると、異常型プリオンの蓄積量が減少し、持続感染状態から離脱させることができると報告されている。これらのことから、プリオンの感染は異常型の生成と分解のバランスにより成立していると考えられている。また、正常型プリオン蛋白質は特定の部位で切断されることが明らかとなっており、切断されたものは異常型への変換が起こらないことが知られている。最近、正常型プリオン蛋白質の切断に関わる酵素(メタロプロテアーゼADAM10)が明らかになった。今後は、これらの知見が治療法開発などに応用されていくであろう。


血液製剤のプリオンに対する安全性評価

 血液製剤メーカーである株式会社ベネシスとの共同研究として、ハムスターのスクレイピー株である263Kをモデルプリオンとして用いて血液製剤の安全性について検討を行なっている(図4)。異常型プリオン蛋白は、CJDやvCJDの原因物質として考えられている。異常型プリオンの高感度検出法については種々の機関から報告されているが、条件設定が難しく、それぞれの機関で堅牢性を確保した測定法の確立が必要である。異常型プリオンを高感度に検出する方法が確立していない現在は血液製剤の製造工程で異常型プリオンを除くことが重要であり、そのための研究を行っている。

図4.ハムスターへのスクレイピー感染。血液製剤の安全性評価に用いたプリオンであるスクレイピー263Kを感染したハムスターは、接種後約100日で行動障害が起こり、その後死亡する。臨床症状の発生したハムスターの脳は典型的な病理組織学的変化が生じる。