研究成果紹介


デングウイルス


はじめに
デングウイルスの病態機序


はじめに

デングウイルスは直径40〜50 nmの球形ウイルスで、フラビウイルス科、フラビウイルス属に分類される。蚊(主に、ネッタイシマカ、時にヒトスジシマカ)によって媒介される熱性疾患を引き起こす。蚊の吸血時に、蚊の唾液中に存在していたウイルスが、ヒトの毛細血管内に、または毛細血管周囲の組織に注入され、そこに存在している主として単球/マクロファージ系細胞や樹状細胞を宿主として増殖する。このウイルスが血管を通して全身に回る。感染者の多くは不顕性に経過するが、一部の感染者では、この感染複製急性期(感染3〜7日目)に突然の発熱(39〜40℃)で始まるデング熱や、血管透過性の亢進による血漿漏出を伴うデング出血熱を引き起こす。デング熱は、感染後2〜10日ほどで突然の高熱で発症し、頭痛、眼の奥の痛み、腰痛、筋肉痛、骨痛が主な症状として現れ、さらに食欲不振、腹痛、吐き気、嘔吐、脱力感、全身倦怠感も現れることがある。また、全身のリンパ節の腫れが見られる場合がある。発熱してから3〜5日目には胸、背中、顔面、腕、脚に発疹が出ることもある。デング熱は1週間から10日ほどで通常は後遺症を残すことなく回復する。一方、デング出血熱は致死的な病態を示すことがある。デングウイルスに感染したヒトのうち、最初はデング熱とほぼ同様に発症し経過するが、熱が平熱に戻るころに血液中の液体成分(血漿)が血管から漏れ出したり、出血の症状が現れたりする場合があり、これをデング出血熱と呼んでいる。デング出血熱では、補体系の異常活性化が認められ、血小板は減少する。血漿漏出がさらに進行すると、循環血液量の不足からショック症状を示すようになる。

デングウイルス感染者は、世界の熱帯地域で年間1億人にも達している。その内、約25万人がデング出血熱を発症すると推定されている。致死率は国によって数パーセントから1パーセント以下と様々であるが、全世界での感染者総数が多く、さらに近年その感染者は増大していることから深刻な問題となっている。デングウイルス感染症は有効なワクチンがないこと、発症の機序が明らかになっていないことなどから病態解明および治療法の確立が望まれている。

 


デングウイルスの病態機序

デングウイルスは、4つの型(1型、2型、3型、4型)に分けられる。これまでの多くの報告は、1)すでにデングウイルスに感染し、その血清型のウイルスに対する抗体を産生しているところに、異なる血清型に属するデングウイルスで2回目に感染した場合に、最初のウイルスに対する抗体が、2回目のウイルスの感染を助ける、いわゆるantibody-dependent enhancement (ADE)という現象で異常なウイルス産生が引き起こされ、これが原因となってデング熱・デング出血熱につながるという説明(図1);2)デングウイルスの非構造蛋白質のひとつ、NS1が血清中に存在し、この可溶性NS1の量が症状の強さに相関関係にあるという知見;3)デング熱やデング出血熱の症状は、血液中の補体系の異常活性化が関与しているという知見、などに集中している。また、国によってもそれぞれの状況があるが、血清型によって、1回目の感染で症状を発揮するものもあれば、1回目と2回目に感染する組み合わせによって症状が出る頻度に違いが認められるという知見もみられる(図2)。しかし、このようなウイルス側に限った研究だけでは説明できないのが、同じように感染してもごく一部の感染者のみが重い症状を引き起こすという事実である。これは何もデングウイルスに限ったことではない。ほぼすべてのウイルス感染症は、感染しても症状を示さない、いわゆる不顕性感染があることは事実である。ほとんど場合にこれが実際に生体内の何らかの因子に起因しているのかどうか明らかになっていないのが現状である。しかし、HIVではウイルスレセプターに生まれながらに変異がある人達では、感染しない、もしくは感染しても発症しにくいなどの知見が得られている。そこで、いろいろなウイルス感染症について宿主側に原因を求めるアプローチも取られ始めてきた。デングウイルスの場合においても、どのような感染者グループが発症に向かうのか、いろいろな宿主遺伝子の変異との関連性が探られ始めている。

図1.デングウイルスに感染した患者の病態誘導機序。デングウイルスは、単球(Mo)/樹状細胞(DC)に感染する。現在考えられているデング出血熱の病態機序は、主なもので2つある。その1つは、デングウイルスに最初に感染した結果産生される抗体が、2回目に感染したデングウイルス(別の血清型)に対して中和に働くよりもむしろ感染を助ける機能があることである(Antibody-dependent enhancement; ADE)。もう一つは、感染するウイルス株によって病原性が異なっている可能性である(図2)。私たちは最近、デング出血熱患者で認められる補体活性化、およびウイルス非構造蛋白質であるNS1が患者プラズマ中に高濃度になることに注目し、NS1が結合性を示すプラズマ中成分の検索を行い、通常、補体活性化のブロッカーとして機能している宿主補体活性抑制因子ClusterinがNS1に強い結合性を示すことを明らかにした。この知見は、NS1により、この因子の機能が抑制された結果、補体の異常活性化が起こり、Plasma leackageへと病態が進行すると考えられる。
図2.デングウイルス1型〜4型(DV1〜DV4)の感染によってデング熱(DF)、および症状の重いデング出血熱(DHF)を発症した割合。1回目の感染で発症する割合はDV1とDV3で高く、DV2とDV4では低い。従って、DV2とDV4では、2回目に感染した場合に症状が現れる率が高い。この傾向は、DHF発症の場合により顕著な結果として現れる。(Anantapreecha, S., Chanama, S., A-nuegoonpint, A., Naemkhunthot, S., Sa-Ngasang, A., Sawanpanyalert, P., and Kurane, I. Serological and virological features of dengue fever and dengue haemorrhagic fever in Thailand from 1999 to 2002. Epidemiol. Infect. 133: 503-507, 2005)


 タイのRCC-ERI(黒須 剛 特任助教)では、デングウイルスのNS1と結合性を示す宿主因子(Clusterin)の同定に初めて成功し、この結合がデング出血熱を引き起こす原因になっているのではないかと、タイの患者血液を用いた研究を進めている(図1)。